1922 大正11年 4月25日
北海道旭川市に父堀田鉄治、母キサの次女、10人兄弟の第5子として生まれる。
1935 昭和10年 13歳
旭川市立大成尋常高等小学校卒業。
1939 昭和14年 17歳
旭川市立高等女学校卒業。
歌志内公立神威尋常高等小学校教諭。
1941 昭和16年 19歳
神威尋常高等小学校文珠分教場へ転任。
旭川市立啓明国民学校へ転勤。
1946 昭和21年 24歳
啓明小学校を退職する。
肺結核を発病、入院。以後入退院を繰り返す。
1948 昭和23年 26歳
幼馴染の結核療養中の前川正が訪れ交際がはじまる。
1952 昭和27年 30歳
脊椎カリエスの診断が下る。
小野村林蔵牧師より病床で洗礼を受ける。
1954 昭和29年 32歳
前川正死去。
1955 昭和30年 33歳
三浦光世と出会う。
1959 昭和34年 5月24日 37歳
三浦光世と日本基督教団旭川六条教会で中嶋正昭牧師司式により結婚式を挙げる。
1961 昭和36年 39歳
新居を建て、雑貨店を開く。
1962 昭和37年 40歳
『主婦の友』新年号に入選作『太陽は再び没せず』が掲載される。
1963 昭和38年 41歳
朝日新聞一千万円懸賞小説の募集を知り、1年かけて約1,000枚の原稿を書き上げる。
1964 昭和39年 42歳
朝日新聞一千万円懸賞小説に『氷点』入選。
朝日新聞朝刊に12月から『氷点』連載開始(翌年11月まで)。
1966 昭和41年 44歳
『氷点』の出版に伴いドラマ化、映画化され「氷点ブーム」がひろがる。
『塩狩峠』の連載中から口述筆記となる。
1981 昭和56年 59歳
初の戯曲「珍版・舌切り雀」を書き下ろす。
旭川市公会堂にて、旭川市民クリスマスで上演。
1989 平成元年 67歳
結婚30年記念CDアルバム『結婚30年のある日に』完成。
1994 平成6年 72歳
『銃口』刊行。最後の長編小説となる。
1998 平成10年 76歳
三浦綾子記念文学館開館。
1999 平成11年 77歳
10月12日午後5時39分、旭川リハビリテーション病院で死去。
没 後 (三浦綾子記念文学館における主な事業を含む)
2008 平成20年
開館10周年を迎え、新収蔵庫建設など、様々な記念事業をおこなう。
2012 平成24年
三浦綾子生誕90年を迎え、電子全集配信など、様々な記念事業をおこなう。
2014 平成26年
『氷点』デビューから50年。「三浦綾子文学賞」など、様々な記念事業をおこなう。
10月30日午後8時42分、三浦光世、旭川リハビリテーション病院で死去。90歳。
2016 平成28年
『塩狩峠』連載から50年を迎え、「三浦文学の道」など、様々な記念事業をおこなう。
2018 平成30年
開館20周年を迎え、分館建設、常設展改装など、様々な記念事業をおこなう。
2019 令和元年
三浦綾子没後20年を迎え、オープンデッキ建設、氷点ラウンジ開設などの事業をおこなう。
2022 令和4年
三浦綾子生誕100年を迎え、三浦光世日記研究とノベライズ、作品テキストや年譜のデータベース化、出版レーベルの創刊、作品のオーディオ化、合唱曲の制作、学校や施設等への図書贈呈など、様々な記念事業をおこなう。
三浦綾子記念文学館 復刊シリーズ、横書き・総ルビシリーズの巻末資料より